声の出所を目で追ってみると、もちろんベッドの天井しか見えない。
とはいえ、このベッドは2段になっているから当たり前といえば当たり前なのだが。
ミルミアとはここに来た時からの友人であり、長いことルームシェアをしている。
どちらもタイプが似ていることもあり、一緒に居て落ち着く。
仲の良い友人と聞かれて挙げるならば彼女であることは間違いないが、
そんなことを聞く人はいないし、多分聞かれてもまともに答えないことも間違いない。
いきなり話し掛けられることは良くあるので、私は別段驚くこともなく声に応える。
「何だ、ミルミア戻ってたの?今日も仕事が入ってるんじゃなかったっけ?」
「入ってた。が、正解。よくはわからないけど、今日はギルドの業務は休みらしい」
「へぇ。これはまた珍しいね」
やはりメルーの一件が影響しているのだろうか、あれだけの量の人員を投入しているのだから、
そうなってもおかしくはないが、こんな大事になっているにも関わらず、
ミルミアは現状を理解していないように思えた。
「……仕方ない。ギルドと神殿で紛争が起こったらしいから」
いつもと変わらないミルミアの声。しかし、その内容は日常と掛け離れていた。
ギルドは街ごとにある、警察組織兼何でも屋(実際些細なことでさえも引き受けるので、
この呼び方で間違いはない)であるが、このギルドと似て非なる存在が神殿である。
神殿の活動内容はギルドに近いのだが、その規模は異ってなりギルドごとの諍いが起きた時や、
街で暴動などが起こりギルドでも収拾がつけられなくなった場合などに軍を派遣し、
事態を収める役割をを負う組織である。
この前見た文献の言葉を引用すれば、神殿は国連のようなものと言える。
その在り方も国連のように、非常時に召集され結成されるというものなのだが、
現時点では特筆すべき問題は起こっていないはずなので、神殿が活動することはまずありえない。
「……ね、ねぇ、その情報はどこから?」急速に動きを見せる事態に頭が痛くなりつつも、
どうにか整理しつつミルミアに尋ねる。声が上擦るのが自覚できた。
「……あ、これ秘匿事項」本人はしまったと思っているのだろうが、まったくそういう風に聞こえない。
そんな事態ではないのはわかっているが、思わず私も微笑んでしまった。
笑みには人を落ち着かせる効果があるのだろうか、
散らかっていた私の頭が落ち着いていくのを感じた。
どうせ本人に礼を言っても首を傾げるのは目に見えているので何も言うことはしないが、
代わりに心の中で礼を述べておく。
「……よし」
「何が?」
気合いを入れた私のすぐ傍にミルミアが立っていた。慣れっこだが心臓に悪い。
「考えるのはいいけど、それで周りが見えなくなるのは、ティーの悪い癖」
早く直そうね、と言いたそうなミルミアの優しい目。私も微笑みながら、そうね。と返す。
「話はわかったけど、何で神殿が動いてるの?
緊急の事態以外でオルディア神殿長の召集なしに、
神殿を動かしたら罰則だということは周知の事実でしょうに」
「そこはまだわからない。私も噂として聞いただけだし」
「嘘言わないの。秘匿事項の噂ってどんな噂よ。何か隠したいことでもあるの?」
「……どうしても聞きたいなら話す。私だってティーに隠し事をしたいわけじゃない」
目を伏せ、視線を流しながらポツリと言う。
「いくつかの街の市長とギルドが結託して動き出した。
それで、神殿騎士団を動かして各地の制圧と占領を繰り返してる」
「どこの街が動いているかはわかる?それ次第では止められるかどうか危ういんだけど」
「・・・・・・」気まずそうに視線を逸らしたままのミルミア。
彼女が言わんとしていることがわからないほど、私は鈍感でもない。
先ほど彼女が言いよどんだことから考えても合点がいく。要は……。
「レト、ね」
「……ん、ごめん」
「ミルミアが謝ることはないわ。あのバカには確かに腹が立つけど、
それはあったときにでもたっぷり身体に教えてやればいいことだし。
……にしても、何で今頃になってあいつが出てくるのよ。何で」
「……やっぱり、まだハーティアのこと?」
「その名前を出さないで」気遣う視線に何故か腹が立つ。
忘れた、はずだったのに。 →次へ